2016年7月31日日曜日

法学憲法研究所(2016年7月25日)

ストップ・リニア訴訟 なぜ、リニア計画は中止しなくてはならないか
2016725


関島保雄さん(弁護士 ストップ・リニア訴訟弁護団共同代表)

1 行政訴訟の提起
 今年520日、東京・神奈川・山梨・静岡・長野・岐阜・愛知の16県を中心としたリニア中央新幹線沿線住民738名は、国を被告にして、20141017日に国土交通大臣が行ったJR東海に対するリニア中央新幹線の東京名古屋間の工事実施計画の認可取り消しを求める行政訴訟を東京地裁に提訴した。
 リニア中央新幹線計画が、営業の健全性、輸送の安全性、工事の安全性、環境保全の対策等がいずれも不十分であるにも拘わらず、国土交通大臣が工事計画を認可したことは、全国新幹線鉄道整備法及び鉄道事業法並びに環境影響評価法に違反しているとして、その取り消しを求めるものである。
2 リニア中央新幹線の幻想と環境破壊の現実
 リニア中央新幹線は、超電導磁気により地上10センチメートル浮上方式で時速500キロメートルという高速走行を実現し、東京・大阪間を約1時間で結ぶ。東京・名古屋・大阪が通勤圏となり、世界に対抗できる約7000万人の機能都市を実現するための夢の超特急であるとして、JR東海や国土交通省は、リニア中央新幹線の利便性を大々的に幻想を強調している。
 しかし、東京・名古屋間の完成が2027年と11年先で、東京・大阪間の完成は2045(平成57)年と30年も先である。日本の人口は減少に入り、生産人口は現在約8000万人が2045年には5353万人に減少すると予測されている。7000万人の巨大都市圏は成立しえず必要もない。むしろ東京に人口と経済が集中し、名古屋大阪は衰退し地方はもっと衰退することが予想される。
 一方では、日本の自然の宝庫である南アルプスに総延長50キロメートルものトンネルを掘り、大井川源流に360万立方メートルもの残土を捨て、毎秒2トンの水が大井川から流失するという自然破壊を伴う。
 国交省やJR東海は、東海・南海地震で日本の経済の大動脈である東海道新幹線が使えなくなった場合の代替路線としても中央新幹線は必要だと主張する。
 しかし、代替路線としては現在の北陸新幹線を大阪に延長する方が早い。そればかりか、中央新幹線のコースである南アルプスは中央構造線及び糸魚川静岡を結ぶ中央地溝帯が交差するところで、地震の巣となる断層が多数存在する。万一直下型の地震が起きれば、中央新幹線自体も走行不能となるし、乗客の安全も確保できない。
3 全国新幹線鉄道整備法(以下、全幹法という)違反・鉄道事業法違反
 元々中央新幹線は全幹法に基本計画とされていたが、莫大な工事費と自然破壊を伴うことから国会での承認が得られないと考え、政府としては工事計画の実施に踏み切れなかった。ところが2007年にJR東海が自ら手を挙げて工事費9兆円を全額自己負担で工事をするから工事をさせてほしいと表明したことから、リニア中央新幹線計画が具体的に動き出した
 民間企業のJR東海が新幹線の建設主体となるのは異例である。国土交通大臣が、リニア中央新幹線に全幹法を適用して民間のJR東海に工事を指名し、工事計画を認可するのは全幹法に違反する。本来は鉄道事業法による鉄道事業の認可をすべきで、経営の安定性、輸送の安全性、環境影響評価等厳格な審査が要求されており、鉄道事業法にも違反する。
①ネットワーク性の欠如
 リニア方式は、超電導で浮上し磁力で走行する独特の走行方式で軌道式でない。このため既存の新幹線と相互の乗り入れが出来ず、全国の鉄道のネットワークを形成できない点で全幹法の対象とすべきではない。
JR東海の経営の危機を招く危険性が高い。
 JR東海は、現在は東海道新幹線の収入で莫大な利益を上げて安定している。しかし、リニア中央新幹線の工事費の増大と乗客の需要予測の過大が経営危機を招く。
 工事期間が名古屋まで12年、東京大阪間は30年先と長期であるため、全体の工事費が予想以上に倍増することは公共事業の常識である。巨額な借金による9兆円を超える工事費の負担はJR東海の経営を圧迫する。日本は人口減少傾向にあり、中央新幹線の完成後はドル箱である東海道新幹線の収益を悪化させ、乗客需要が伸びないことから、工事費の為の莫大な借金は経営を圧迫し、JR東海は経営上持ちこたえられない危険性が高い。その結果は国民の税金の投入である。すでに、安倍政権は、このことを予測して、超低金利の政府財政投融資3兆円をJR東海に貸し付ける方針を決めたという。税金の投入であるにもかかわらず国会の審議も経ていない非民主的なやり方である。
③乗客の安全性の欠如
 中央新幹線は東京・名古屋間の86%がトンネル構造である。地下トンネル内で事故が起きた場合の乗客の安全が確立していない。特に南アルプスの長大トンネル内で事故が起きたら、乗客は安全に脱出できない。
 さらに、南アルプスは中央構造線及び糸魚川静岡を結ぶ中央地溝帯が交差するところで、地震の巣となる断層が多数存在する。万一直下型の地震が起きれば、中央新幹線自体も走行不能となるし、乗客の安全も確保できない。
4 環境影響評価法違反
 環境影響評価法33条は、環境影響評価対象事業を許認可するものは、対象事業につき環境保全について適切な配慮がされているかを審査し、環境保全への適切な配慮を確保しなければならないとなっている。しかし、国土交通大臣は、JR東海の環境影響評価が環境保全への適切な配慮を欠くにもかかわらず、リニア新幹線工事計画を認可した。
 中央新幹線は東京・名古屋間の86%がトンネル構造である。環境影響評価書では、トンネル掘削に伴う6358万トンもの大量の発生土(東京ドーム51杯分相当)を、どこに運ぶのかほとんど明らかにしていない。南アルプスの大井川源流の河川敷に360万立方メートルの残土を捨てる計画を明らかにしたが、自然が豊かであることから登録されたユネスコエコパークの中であり、エコパークと両立しない計画である。このように残土処分による沿線各地での2次的環境破壊が予想される。
 またトンネル掘削による沿線各地での河川の水枯れ等地下水への影響は深刻である。現に大井川源流では毎秒2トンがトンネル内に流失する。その流失した水をトンネルから導水路トンネルを掘って下流の大井川に戻すとしているが、流量が減った河川の水生動物への悪影響が予測される。リニア新幹線工事による地下水脈への悪影響は、十分予測されるが、環境影響評価書は、生物への影響は小さいとしてその保全を確保する姿勢を示していない。
 その他工事に伴う大量の工事車両の運行は、沿線各地で長期間の工事中、交通渋滞や騒音振動排気ガスの増大等の住民被害を起こす。長野県大鹿村では11736台(1分間に3台以上)もの大量の車両が5年間続くことが予測され、それ以外の沿線地域も多量の運行車両が予測されている。
 またリニアによる電磁波の乗客や沿線住民への健康影響や、岐阜でのウラン鉱脈のトンネル工事によるも放射能汚染も心配されている。これに対し環境影響評価書は心配いらないレベルだとか、ウラン鉱脈は通過しないと一方的に決めつけている。しかし、安全が確保されているわけではない。
 中央新幹線の計画には、このように乗客の安全や沿線住民の生活環境への影響等重大な問題を抱えている。
5 訴訟の課題と今後の運動の取り組み
(1)原告適格の壁との闘い
 行政訴訟は、まず原告を制限している。リニア中央新幹線の工事計画で被害を受けるなどの法律的な利益が侵害される住民に限られる。
①工事の為に土地や家屋や立木を奪われる人
②工事の為の工事車両や機械などの騒音、振動、排ガス、交通渋滞等の被害、高架のための日照の被害、トンネル工事による飲料水源、農業用水被害者、リニア新幹線車両の騒音被害を受ける人。 
 
③原告全員は、リニア中央新幹線の乗客になる可能性があり、安全な輸送を確保される法律上の利益がある。また、ユネスコエコパークに選ばれた南アルプスの良好な自然環境を享受する法律上の利益を有している。
 原告の内で①は問題ないが②のどの範囲までの原告に原告適格を認められるかは被害の広がり次第である。また③の原告全員の原告適格を裁判所に認めさせられるかが大きな課題である。
 運動体は①の原告を増やすため、工事予定地内に立木トラストの市民を集め原告適格を確保している。
(2)運動としての課題
 東京から名古屋まで沿線286キロメートルと長大な東京・神奈川・山梨・静岡・長野・岐阜・愛知の16県の沿線住民が、リニア沿線住民ネットワークを作って今回の訴訟を立ち上げた。
 これまでリニア中央新幹線に対する疑問点の声を上げる人々の声は殆ど報道されなかったため、リニア中央新幹線計画に反対する沿線住民は大変苦労した。この中で、各地の沿線住民のネットワークが今回の訴訟を立ち上げるまでに団結力を強めることが出来た。原告を募集し、原告以外に訴訟に資金を援助するサポーターも募集し、原告数を上回る人数で訴訟を支援している。
 しかし、長大な286キロメートルもの沿線の住民を結集し続けることは大変である。今後裁判を通じて、不利な情報を隠しているJR東海から、環境に影響を与える様々な情報を引き出し、それを運動体に返しながら各地での環境破壊の問題点を明らかにする戦いが必要である。そのことを通じて沿線地域の発展に役立つという幻想を打破し、リニア新幹線に反対する地域住民の多数派を形成することでリニア中央新幹線計画の白紙化を実現することが目標である。